山本玄峰の名言

山本 玄峰(やまもと げんぽう、1866年(慶応2年) - 1961年(昭和36年))は和歌山県本宮町 (和歌山県) 本宮町生まれの禅僧。昭和において多くの著名人が参禅に訪れた静岡県三島市の龍沢寺の住職として有名。鈴木貫太郎に終戦を勧め、戦後も象徴天皇を鋭く示唆する。
四国88カ所の霊場巡りの時、高知の雪渓寺の門前で行き倒れとなったところを山本太玄和尚に助けられ、その養子になった後、雪渓寺の住職となる。
その後、数々の寺院を再興した後、臨済宗妙心寺派の管長となり、後に龍沢寺の住職となる。
アメリカ、イギリス、ドイツ、インドなど諸外国を歴訪。
昭和20年、終戦の詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言するなど、時の首相鈴木貫太郎などの相談役なども努めた。

親切・辛切・深切

- 解説 -
1866~1961年。和歌山県本宮町生まれの禅僧。
人に優しく、自分に厳しく。
心理や悟りの奥義ははかぎりなく深くあります。
簡単に聞こえますが、なかなか難しいことです。
ですが、難しいからこそ出来るようになったときの価値はとても大きいものです。

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