ジョージ・ゴードン・バイロンの名言

女性は天使なるも、夫婦生活は悪魔なり。

忙しい人間は涙のための時間を持たない。
最良なる予言者は過去なり。
人に施したる利益を記憶するなかれ、人より受けたる恩恵は忘るるなかれ。
そなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくない。
忙しさは悲しみを忘れさせる。
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ロンドンに生まれ、2歳の時にスコットランドのアバディーンに移ったが、1798年に第5代バイロン男爵が亡くなったため、第6代バイロン卿となり、父祖の地ノッティンガム州へ移った。翌年ロンドンに出てハロー校をへて1805年にケンブリッジ大学に入学したが、学業を顧みず放埒な日々を過ごした。詩集『懶惰の日々』(”Hours of idleness”, 1807年)を出版したが、翌年エディンバラ・レビュー誌に非難され、諷刺詩『イギリス詩人とスコットランド批評家』(”English Bards and Scotch reviewers”, 1809年)を出版して鬱憤を晴らした。1808年にケンブリッジを去り、1811年までポルトガル、スペイン、ギリシアなどを旅し、帰国後ロンドンに住み、1812年上院で紡績工のラッダイト運動を弾圧することに抗議する演説をおこなって名を挙げた。この年旅行の成果である『チャイルド・ハロルドの巡礼』1・2巻(”Childe Harold”s Pilgrimage”, 1812年)を出版、生の倦怠と憧憬を盛った詩風と異国情緒が時代の好尚に投じ、大評判になった。その間社交界の寵児として恋に憂き身をやつしたが、1815年にアナベラ・ミルバンクと結婚した。このときにもうけた子が世界最初のプログラマーとされているエイダ・ラブレスである。だが翌年に別居し、その乱れた生活が指弾を受けたため、イギリスを去りスイスのジュネーヴでパーシー・ビッシュ・シェリー シェリーに会い、ともにスイス各地を巡遊し、ヴェネツィア、ラヴェンナ、ピサ、ジェノヴァで退廃した生活を続ける。特にグィッチョーリ伯爵夫人 (Teresa Guiccioli) との関係が有名である。多くの作品の中で、冷笑と機知に満ちた『ドン・ジュアン』(1819年 1819-24年)がこの期の代表作である。ギリシャ独立戦争に参加するために1824年ミソロンギに上陸したが、熱病にかかって同地で死んだ。

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