正木ひろしの名言
正木 ひろし(まさき ひろし、1896年9月29日 - 1975年12月6日)は、日本の弁護士。第二次世界大戦前より軍国主義批判を繰り広げ、戦時中には官憲による拷問を告発した「首なし事件」で有名となった。戦後も多くの反権力裁判、冤罪裁判に関与した。
なお本名は旲(ひろし)であるが、自ら「正木ひろし」「まさき・ひろし」の表記を好んで用いた。
1896年、東京市本所区林町(現東京都墨田区)に生まれる旲は次男であり、他に妹がある。家計は富裕ではなかったとされるが、兄の晃(あきら)は東京帝国大学を卒業後判事となり、第二次世界大戦末期に弁護士を開業、妹は東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)を卒業しており、正木家は教育熱心な家庭だったようだ。。父は元幕臣の家の出、後に正木家に婿養子となり当時は郵便局勤務、母は東京都立白鴎高等学校 東京府立高等女学校を卒業後、小学校教員(日本における小学校女性正教員第一号という)として勤務していたが、旲6歳の時肺結核で病没している。
理性のなくなった人間は、動物以下であり、表現の自由のないところに、人間の社会は成立せず、生ける屍と言えよう。
- 解説 -
1896~1975年。日本の弁護士。
理性、とは人間だけに与えられたものです。
しかし、その理性をもなくした場合…動物以下ということになります。
勿論、その場合の世界に人間の社会は成立しませんから、正に生きる屍です。
理性をなくした人間こそ、人間という種類ではなくなるのです。
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